ミュウツー外伝(仮) ====================  私は闇の中に独りでいた。 ここは真っ暗で、何もない。誰もいない。 でも、声だけは聞こえる。 「ミ……ウツ……ミュウツー……ミュウツー……」 誰かの声が、ずっと私を呼んでいる。 この声は、どこかで聞いたことがある。 懐かしく、どこか暖かい、優しい声。 でも誰の声なのか……思い出せない。 きっと、私にとって大切なものだったのだ。 でも、もう忘れてしまった。 「ミュウツー……ミュウツー……ミュウツー……」 誰か、この声を止めてくれ。 胸が……苦しい。 張り裂けそうだ。 「ミュウツー……ミュウツー……ミュウツー……」 もう耐えられない。 忘れさえしなければ、こんな苦しみを味わう必要もなかった。 この声は……。失ってしまった、私の大切なもの……。 ミュウ……。確か、ミュウという名前だ。 でもミュウが何なのか、思い出せない。 忘れたくない……。何で忘れてしまったんだ……。 会いたい……。ミュウに会いたい……。 ミュウというものが何だったのかを、もう一度思い出したい。 ……辺りが、徐々に明るくなってきた。 私の意識は、現実に引き戻された。 「……成功です。ミュウツーが覚醒しました」 「よくやった。これでやっと材料が揃ったな」 聞き覚えのない、声。 耳障りだ。 ここは目が痛いぐらいに眩しい。 視覚が正常に戻ってくる。 私は四角いガラス張りのケースの中にいた。 上からライトを当てられているせいで、周りがよく見えない。 「記憶の除去は完璧なのか?」 「はい、言語や知覚には問題ありませんが、戦闘能力に関しては今のミュウツーは赤子同然です」 ……一体何の話をしているんだ? ここは一体……どこだ? 「よし、ミュウツーの搬送を開始しろ」 私の周りを覆っていたガラスケースが開けられた。 薄暗い部屋だった。10人ほどの人間が私の前に立っていた。 立ち上がろうとする。が、うまく立てない。 拘束されているわけでもないのに、体が思う様に動かない……。 あっという間に私は腕を縛られてしまった。 「さあ、さっさと……」 最後の方の言葉は爆音でかき消された。 人間達の背後の壁に大穴が開いていた。 そこから、いつのまにか2体のポケモンが姿を現していた。 一匹は知らない。もう一匹は、どこかで……見たような記憶がある。 知らない方のポケモンが私の方まで歩いてきた。 「お前は……?」 「話は後だ、ミュウツー。さっさとこんな汚い場所から出よう」 彼は、私の腕を縛っていた縄をほどいてくれた。 急いで立ち上がろうとするが、どうしても立ち上がれない。 「どうした?」 彼が怪訝そうな顔をしながら振り返った。 「すまない……。どうしても立てない。手を貸してくれないか」 「腰でも抜かしたのか? ほらよ」 差し出された手を掴んで、ゆっくりと立ち上がった。 「ルカリオー! 早くしないとこいつら起きちゃうよー!」 もう一匹の方のポケモンが穴の前で急かしていた。 「待ってくれよミュウ。ミュウツーだって何年ぶりに歩くんだぜ? さすがにすぐには走れないだろ」 ミュウ……!? まさか、彼女が……ミュウなのか? あの小さくて丸っこいポケモンが……。 あれが、私が捜し求めていたもの……。 「とりあえずミュウツー、もう少し早く歩いてくれ。すぐ脱出できる」 「ああ……すまない」 ルカリオというらしいポケモンは、私の手を引っ張りながら壁に開いた穴を通っていった。 「ほらほらぁ、もっと早くぅー!」 ミュウが後ろから私の背中を押している。 そして、穴から抜け出した。 辺りはまさに森の中だった。 空が見えないほど木が覆い茂っている。 「やっと脱出できたな、あとは……」 ルカリオは、先ほどまでいた建物の方に向き直ると、なにやら力を溜めはじめた。 ルカリオが腕を突き出すと、青色のエネルギー体が建物に直撃した。 豪快な爆音と粉塵が舞ったあと、建物はすっかり粉々になってしまっていた。 一体、どうやってあんな技を……。 「何驚いてんだ? お前にだってこれ位朝飯前じゃないか」 「……私にそんなことができるわけがない」 「冗談だったら面白い冗談だな、ミュウツー。お前ができないわけないだろ」 ルカリオは全然面白そうな顔はしていなかった。 「ねぇ、ツー……私のこと、覚えてる?」 「いや……『ミュウ』という名前しか覚えていない……。なぜ記憶を失ってしまったのかもわからない……」 ミュウとルカリオは顔を見合わせた。 二人は暗い顔で、私の顔を見た。 「まさか……記憶を消されたのか」 「そんな……ツーは私のこと、忘れちゃったの?」 ミュウは半分泣きそうな顔だった。 その顔を見ると、胸が痛い。 あの声を聞いていたときに感じた痛みと似ていた。 「本当にすまない……」